安行は埼玉県川口市の東部に位置するみどりの里です。
緑地だけでなく、植木農家、園芸農家も多いので、いたるところ緑、緑、また緑で、年間を通していろいろな草花や樹木に包まれる癒しと香りが楽しめます。


  安行エリアマップ
安行マップ(縮小・名所番号)8-2.png

   ※名称をクリックすると説明文が開きます。また、説明文内の画像をクリックすると拡大画像が開きます。
No.名 称No.名 称
(1) 川口緑化センター「樹里安」(2)川口市営植物取引センター
(3)安行赤堀用水沿斜面林保全緑地 (4)イチリンソウ自生地
(5)万葉植物苑 (6)安行公民館
(7)密蔵院(8)九重神社
(9)安行原自然の森 (10)峯ヶ岡八幡神社
(11)新光寺(12)新郷貝塚
(13)蛇造り (14)氷川神社(安行吉岡)
(15)慈林寺宝厳院(慈林薬師)(16)金剛寺
(17)小林槭樹(もみじ)園(18)興禅院
(19)興禅院ふるさとの森(20)十三佛(石仏)
(21)弁財天社(22)埼玉県花と緑の振興センター
(23)安行氷川神社(24)猿貝貝塚
(25)日枝神社(26)赤山城址(赤山陣屋跡)
(27)木道(28)持宝院
(29)西福寺(30)伝右川桜並木
 元の名称は「赤堀用水沿斜面林ふるさとの森」

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(1川口緑化センター(樹里安)

川口の主要産業の一つ、植木・花卉・造園などの産業振興と情報発信など、緑化の総合施設として、平成8年4月にオープンしました。
植木・花卉類の販売のほか、レストランや菓子類売店、立食いソバ、休憩場所を備え、5階のラウンジからの眺望は川口の見所の一つ。正面に広がるのは安行台地、その奥右手が富士山、左手には日本一に輝くスカイツリーが見えます。

建物は、東京外環自動車道と平行する国道298号線に面し、道の駅「川口・あんぎょう」を併設します。

所在地:川口市安行領家844-2
ホームページはこちら
駐車場:149台(普141、大5、身障者用3)収容可能 休館日:年末年始

003_H23523_072川口緑化センタ「樹里安」_No1-3.jpg

 ↑センター外観
↓植木の即売所
_008_H23523_079川口緑化センタ「樹里安」_No01-2額.jpg










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(2)川口市営植物取引センター

植木・花卉の生産・流通の促進と造園も含めた産業振興を目的に設立されました。屋内売り場、屋外取引場、卸売事務所、駐車場などがり、1月と8月を除く毎月・毎週火曜日にセリが行われています。

地続きにならぶ植木や花卉などは、(株)安行植物取引所(TEL: 048-295-2574)が運営する緑の直売所です。川口市内の植木生産者が直接出店するもので、一般客用の植木販売所としてにぎわっています。

所在地:川口市安行領家1100
休業日:12月31日〜1月3日(H23年9月5日訂正)
詳細はこちら


012_H23523_078植物取引センタ_No2-1.jpg
緑化センター(樹里安)と道路を挟んで向かい側にあるセンター出入り口。
写真右手が駐車場で、中央奥の左側が植木のセリ会場。


015+017合成写真_H23523_080植物取引センタ.jpg
写真左は一般客用の植木販売所、同右はセリ会場。

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(3)安行赤堀用水沿斜面林保全緑地、(4)イチリンソウ自生地、(5)万葉植物苑

【安行赤堀用水沿斜面林保全緑地】
川口市に8ヵ所ある「ふるさとの森」(注1)の一つで、安行台地の縁に流れる農業用水路「赤堀用水」に沿った斜面に広がる林。
北約1キロにある興禅院ふるさとの森に通じていて、一部に木道が敷設されるなど「市の古道」として整備されています。

森にはミズキ・シラカシ・イヌシデ・コナラなどの大木が多く、コサギなど野鳥も多く見られ、湧水も2ヵ所もあるという美しい雑木林です。
イチリンソウ自生地はこの森の一角にあり、万葉植物苑も赤堀用水沿いに作り、所々に休憩場が設けられています。

場所:川口市安行原(安行中学校の裏手一帯、Mapion地図

ふるさとの森6.png


031_3赤堀用水沿ふるさとの森入口.jpg
↑斜面林の入口。写真奥が森で、その手前右は万葉植物苑。

038_2赤堀用水ふるさとの森(追加)DSC_0015.jpg028_3赤堀用水ふるさとの森P1010123.jpg 024_2赤堀用水ふるさとの森P1010119.jpg
↑森の雑木林。手前の柵の中もイチリンソウ自生場所。↑2ヵ所ある湧き水の1つ。↑森の中の散策路。写真左手はバス時刻表が貼られた掲示板。

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【イチリンソウ自生地】
064_3イチリンソウ自生地DSC_2260.jpg 赤堀用水沿斜面林保全緑地のほぼ中央部分に、竹囲いで守られたイチリンソウ(キンポウゲ科)の川口市指定自生地があり、白い愛らしい花を咲かせます。また、トンボ池近くの野外休憩場に面した場所にも自生し、少しずつですが増えてきています。

イチリンソウは、川口市の植物調査で平成7年に発見され、同8年に確認された埼玉県の「準絶滅危惧種」で、開花時期は4月上旬から中旬ごろ。地元の「安行みどりのまちづくり協議会」などが維持管理などの保存活動を続けています。(H23年9月5日記事訂正)
自生地は平成14年に川口市指定天然記念物に指定されました。
077_2イチリンソウ自生地DSC_2273.jpg 068_2イチリンソウ自生地DSC_2264.jpg


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【万葉植物苑】
043_3万葉植物苑P1010126.jpg赤堀用水沿斜面林の南端に、「安行みどりのまちづくり協議会」の皆さんの手で作られた植物苑です(平成21年4月開苑)。
万葉集の和歌に詠まれている植物約160種のうち、現在(平成23年9月)までに142種が集められています。(H23年9月5日記事訂正)

草木一本ずつに、その名称とそれを詠い込んだ和歌とその歌人名が書かれた立て札が添えてあり、現代文に訳した歌の解説も書かれています。
入口近くの木陰には、木の切り株を配した休憩場や駐車場(約10台分)と駐輪場が用意されています。

057_2万葉植物苑DSC_2252.jpg
 059_2万葉植物苑DSC_2254.jpg055_2万葉植物苑P1010138.jpg
↑柿本人麿の歌に読み込まれている濱木綿(はまゆう)

←大伴家持の歌に読み込まれている馬酔木(あしび)
052_2万葉植物苑P1010135.jpg
↑高市皇子の歌に読み込まれている山吹

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(6)安行公民館

シンメトリーの佇まいは、観光地のホテルを思わせますが、コミュニティ活動をする公民館として建てられたものです。
入口には、金魚や鯉が泳ぐ水路を配しており、訪れる人々を和ませています。

所在地:川口市安行原2174
詳細はこちら

506-12_安行公民館(追加・合成)DSC_0011.jpg

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(7)密蔵院

安行八景(注2)の一つ。室町時代中期、文明元年(1469)の創建。本尊は平安時代藤原期の作とされる延命地蔵菩薩で、平将門の念持仏とのいい伝えがあり、本堂裏手には平将門供養塚があります。
大晦日から元旦にかけては除夜の鐘付きや参拝客で長い列がででることでも有名な寺院です。

山門は、明治17年(1884)に外桜田(現千代田区内幸町1丁目)にあった薩摩藩島津家中屋敷から移築したもの。本堂手前には四国八十八ヶ所霊場の砂を埋めたお砂踏参道があり、その砂を踏むことで八十八ヶ所巡礼のご利益があるといいます。

境内の庭園はよく手入れされていて、樹齢300年の柊(ヒイラギ)や樹齢500年の柘植(ツゲ)など多くの古木が多く、山門手前の参道は染井吉野より一足早く咲き、桃色がやや濃い「安行桜」の並木があり、早春の開花期には多くの人々が花見に訪れます。

密蔵院と九重神社((8)参照)を含む一帯を久保山と称し、久保とは「大字安行原字久保」の小字名。この周辺で栽培された桜は久保山緋桜と名づけられ、今年の桜の時期に山門前でお披露目されました。

所在地:川口市安行原2008
ホームページはこちら

521_2H23525_019密蔵院.jpg 518_2H23525_016密蔵院_樹齢500年の柘植.jpg↑樹齢500年の柘植(つげ)
↑本堂。写真手前の石畳は四国八十八ヶ所お砂踏み参道。
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(8)九重神社

旧原村氷川神社。九重の名称の由来は、明治40年に原・慈林・領家など近隣の旧9ヵ村の各鎮守を九社重ねて合祀したことによります。
別当(注3)の密蔵院の東隣りにあり、急な参道を上がりきると正面に拝殿が見えます。
左手のご神木「スダジイ」2本は川口市指定保存樹木。樹齢500年以上といわれ、うち一本は幹周り6.5m、樹高16mもあるそうで、パワースポットとして人気です。
拝殿の裏は本殿で、さらにその裏は御岳山(海抜32m)で、案内板には安行の最も高い場所と書かれています。

所在地:川口市安行原2042
ホームページはこちら

561_2H23525_021九重神社.jpg
↑拝殿と、その左はご神木の「スダジイ」2本。拝殿の裏手は御岳山。

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(9)安行原自然の森

密蔵院南東側の斜面地を生かした雑木林を指し、林の中ほどには、休憩用のベンチが備えられています。
林の北側の一段低い湿地には木道が敷設され、セリなどの水草やユリやハナショウブ、ヒメシャガなどが咲く憩いの散歩道。
特に、雑木林と湿地との間の斜面にはヤマブキが一面を覆い、4月中頃には斜面一面がヤマブキの花で黄色に染まります。

所在地:川口市安行原(Mapion地図

577_2H23525_032安行原自然の森.jpg
↑木々に囲まれたベンチのある広場。木洩れ日が美しい。ヤマブキが茂る斜面は写真左手。

574_2H23525_029安行原自然の森.jpg576_2H23525_031安行原自然の森.jpg
↑斜面下の湿地。木道が整備されている。↑森の散策路。ヤマブキは写真の左側。


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↑斜面林一面を黄金色に染めるヤマブキ

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(10)峯ヶ岡八幡神社

造立は奈良時代の弘仁8年(817)とも平安時代の天慶年間(938〜947年)に源経基の創建とも伝えられ、かつては川口新郷・安行から草加にかけての谷古田領32ヵ村の総鎮守として由緒ある神社です。
祭神は第14代仲哀天皇・神功皇后・第15代応神天皇ほか。

境内には拝殿右手に樹齢約600年、樹周8mの大イチョウ(市指定保存樹林)をはじめ、ヒノキ、ブナ科のシラカシ、クスノキ科のタブノキなど古木が林立します。
大イチョウには太い注連縄(しめなわ)がめぐらされています。これは新羅三郎義光が戦勝祈願の際に、白鳩がこの木に止まり、北を目ざして飛び立ち、義光の加護をしたという伝説からご神木とされています。
参道の両側に続く石灯篭の列は見事、必見です。

所在地:川口市峯1304(Mapion地図)

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 ↑ご神木の大イチョウ。根元近くの幹に太い注連縄が巻かれている。

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↑社殿
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↑写真奥の参道入り口から道の両側に連なる石灯篭の列。


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(11)新光寺

峯ヶ岡八幡神社の東隣にあるこじんまりした寺院で峯ヶ岡八幡神社の別当(注3)
開山は平安時代中期の寛治6年(1092)慈覚大師、開基は新羅三郎源義光で、新羅の「新」と義光の「光」をとって新光寺としたと伝えられます。本尊は阿弥陀如来。
現在の本堂は昭和55年(1980)に鉄筋コンクリート造りで再建されました。

不動明王を祀る不動堂は江戸時代初期の元和9年(1623)の創建。境内は広さはないものの美しい庭園です。
新光寺所有の妙法蓮華経版木(全53枚)と新光寺文書(大般若波羅蜜多経写本や安政7年の「年中行事神宝院」など)は、川口市指定文化財になっています。

所在地:川口市峯1319(Mapion地図)

133_2H23525_062新光寺.jpg131_2H23525_060新光寺.jpg
↑本堂一見、瀟洒な邸宅の門を思わせる山門。
135_2H23525_064新光寺.jpg 134_2H23525_063新光寺.jpg
↑手入れされている庭が美しい。写真左の建物は不動堂。

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(12)新郷貝塚

川口市で最大規模の貝塚で、新郷若宮公園として整備されています。
縄文時代後期(紀元前2000〜500年)の遺跡で、公園内の中央、南、東の3ヵ所、計4地点の貝塚が馬蹄形に並び、竪穴式住居跡3軒のほか、5体の人骨、土器、土偶、石鏃(ヤジリ)・石斧などの石器類、シジミ・ハマグリ・サザエなどの貝類、獣骨類・鳥骨類などがここから発見されています。

所在地:川口市東貝塚 新郷若宮公園内(Mapion地図)

150_2H23531_025新郷貝塚.jpg144_2H23531_018新郷貝塚.jpg
↑貝塚の西側入口にある案内図↑貝塚A地点

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(13)蛇造り(じゃづくり)

江戸時代から伝えられている川口市の民俗行事。起源は不詳ですが、一説には、この地で討ち死にし、農民たちによって手厚く葬られた武将、原弾正が蛇となって村を守ったといわれます。
毎年5月24日に五穀豊穣・天下泰平・無病息災などを祈念して行われる祭りで、毎年新しい木枠と藁で長さ10mの蛇を造り、密蔵院の住職による祈願文を蛇の舌部分に結び付けて、頭部をヤグラに胴をケヤキの幹に巻きつけて安置します。
川口市指定無形民族文化財で川口緑化センター「樹里安」の館内と川口市立文化財センター(本町1-17-1)に同じものが展示されています。

所在地:川口市安行原2680-1(Mapion地図)

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↑ヤグラの上に蛇の頭、ケヤキの幹に胴体を巻きつける。
151_2H23531_001蛇造り.jpg
155_2H23531_005蛇造り.jpg


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(14)氷川神社(安行吉岡)

県道328号線(金明町鳩ヶ谷線)と首都高速川口線が交差する安行吉岡交差点の近く、首都高速下り線に沿った一角にひっそりと建つ祠があります。

この神社は江戸時代後期に安行村吉岡組の鎮守神明社を合社し、この時、神明社に伝えられていた室町時代後半の作と考えられる本地仏十一面観音像の銅造懸仏も移されたそうです。
この懸仏は鋳銅製で直径約18cm。現在は川口市指定文化財として川口市立文化財センター(本町1-17-1)に展示されています。

所在地:川口市安行吉岡(Mapion地図)

162_2H23525_001氷川神社(安行吉岡).jpg 163_2H23525_003氷川神社(安行吉岡).jpg 162_2H23525_002氷川神社(安行吉岡).jpg
↑祠の前にある懸仏の解説
↑よく探さないと見落としかねないほどひっそりと建つ祠。↑祠の斜め上は首都高速川口線。
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(15)慈林寺宝厳院(慈林薬師)

安行八景(注2)の一つに数えられており、平安時代の開創とされています。

171_3H23521_001慈林寺宝厳院.jpg慈林薬師堂の別当寺(注3)であったので慈林薬師とも通称される川口市最古のお寺です。

現在の本堂は昭和52年(1977)完成のコンクリート製。山門の仁王門は江戸時代末期の文政8年(1825)に建造されたもので、川口市指定文化財。正面左右に金剛力士像、裏面左右に風神と雷神がいる珍しい貴重な亜山門です。

薬師堂は、奈良時代中期の天平13年(741)、第45代聖武天皇(701-756)の勅願により土木・建築工事に秀でた行基が開創。現在の薬師堂は平成18年(2006)に再建されました。堂内には中央に薬師如来立像、左右に日光菩薩、月光菩薩、さらにその周囲に十二武神を配しています。

所在地:川口市安行慈林95(Mapion地図)

177_H23521_007慈林寺宝厳院.JPG 185_2H23521_017慈林薬師.jpg
↑本堂↑薬師堂
173_2H23521_003慈林寺宝厳院.jpgDSC_0037薬師寺境内.jpg
↑仁王門の表側。左右に金剛力士像↑境内
DSC_0033仁王像.jpgDSC_0029風神雷神.jpg
↑二体の金剛力士像↑風神・雷神像

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(16)金剛寺

安行八景(注2)の一つ。室町時代中期の明応5年(1496)の創建。開基は安行の地名の由来になったといわれる中田安斉入道安行。古くから続くお灸施術場もあり「お灸の寺」として知られています。「安行苗木開発の祖」吉田権之丞の墓もあり、川口市指定文化財です。

山門は江戸時代初期の建立とされ、珍しい切妻造りの萱葺きです。門柱が左右合わせて4本ある「四脚門」(よつあしもん)。
山門の左側のキャラボクは樹齢400〜500年と言い伝えられていて、川口市の保存樹木です。

所在地:川口市安行吉岡1361(Mapion地図)

188-1_2H23521_033金剛寺.jpg188-3_2H23521_035金剛寺.jpg
↑山門と、その奥は本堂。↑市保存樹木のキャラボク。

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(17)小林槭樹(もみじ)園

モミジ専業農家。品種改良など積極的に行っており、園内には約500種のモミジがあるそうで、見学は自由。
紅葉は12月中旬まで楽しめますが、芽吹きから初夏にかけてのモミジの若葉は、濃い赤色も混じり合ってなんとも美しい。
駐車場は5〜6台分の広さがあります。

所在地:川口市安行領家325(Mapion地図

↓槭樹(もみじ)園の入口は下の立て看板が目印 191_2H23521_113小林モミジ園.jpg197_2H23521_119小林モミジ園.jpg
198_2H23521_119小林モミジ園.JPG194_2H23521_116小林モミジ園.jpg

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(18)興禅院

安行八景(注2)の一つ。開創は室町時代(戦国時代)後期の天文15年(1546)。本尊は釈迦如来坐像。
寺は何度か被災しており、現在の本堂は大正9年に再建されました。
寺の裏は崖で、その一帯は「興禅院ふるさとの森」((19))参照)と呼ばれ、森に囲まれた静かな佇まいの寺院です。

山門左手の墓地にある5、6本の太いスダジイのうち、中央奥の幹周りは3.4m、高さ22m。川口市保存樹木となっています。
根元に地蔵像が抱きかかえられるように挟まっているスダジイの巨木は、抱き地蔵と呼んで手を合わせる人もいます。
住職夫妻が手入れする境内には、シャクナゲ、アジサイ、ヒガンバナ、クリスマスローズ等の花のほか、ハクモクレンや竹林、紅葉などもあり、厳かながら美しい景色をつくりだしています。

所在地:川口市安行領家401(Mapion地図)

216_H23521_063興禅院.JPG 211_2H23521_058興禅院.jpg
↑本堂↑参道入口
217−5-2_興禅院.jpg 217−2-2_興禅院.jpg
↑スダジイの古木の根元に抱かれた地蔵↑6月には境内の処々でアジサイが咲きます。

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(19)興禅院ふるさとの森

川口市にある8つの「ふるさとの森」(注1)の一つ。興禅院の裏手の崖の上下一帯に広がる、スダジイやケヤキの大木が並ぶ静かな森です。
小さな湧水池や弁財天社、楽器供養塔、草木供養塔、十三佛があります。

所在地:川口市安行(Mapion地図)

223_2H23521_109興禅院ふるさとの森.jpg
↑森の散策路
226_2H23521_112興禅院ふるさとの森.jpg 241_2H23521_073十三佛近くの涸れない湧き水.jpg
↑十三佛近くの涸れない湧き水

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(20)十三佛(石仏)

「興禅院ふるさとの森」の散策路に沿って点在する十三の石仏と千手観音菩薩石像。
十三佛は初七日から三十三回忌まで十三回の供養を司る仏と伝えられ、そのうち、千手観音菩薩を含め8仏が十二支の守護仏とされています。

所在地:川口市安行(Mapion地図)

247_2H23521_080十三佛_初七日.jpg 248_2H23521_081十三佛_二七日.jpg250_2H23521_084十三佛_三七日.jpg
↑不動明王
(初七日・酉)
↑釈迦如来
(二十七日)
↑文殊菩薩
(三十七日・卯)
251_2H23521_085十三佛_四七日.jpg254_2H23521_088十三佛_五七日.jpg 256_2H23521_090十三佛_六七日.jpg
↑普賢菩薩
(四十七日・辰と巳)
↑地蔵菩薩
(五十七日)
↑弥勒菩薩
(六十七日)
258_2H23521_092十三佛_七七日.jpg 259_2H23521_093十三佛_百ヶ日.jpg 261_2H23521_095一周忌.jpg
↑薬師如来
(七十七日)
聖観音菩薩
(百ヶ日)
勢至菩薩
(一周忌・午)
264_2H23521_098十三佛_三回忌.jpg 265_2H23521_099十三佛_七回忌.jpg 268_2H23521_102十三佛_十三回忌.jpg
↑阿弥陀如来
(三回忌・戌と亥)
↑阿閤如来
(七回忌)
↑大日如来
(十三回忌・未と申)
270_2H23521_105十三佛_三十三回忌.jpg 274_2H23521_108十三佛_千手観音菩薩.jpg
↑虚空蔵菩薩
(三十三回忌・丑と寅)
↑千手観音菩薩
(子年)

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(21)弁財天社

「興禅院ふるさとの森」にある2つの祠で、江戸時代初期の寛文年間(1661-1672)の建立とされています。
左の弁財天のご神体は蛇。伊奈氏が関東郡代職にあった当時は沼地で、沼から出た大蛇を祀ったといわれています。1月、5月、9月の各9日に弁天祭りが行われます。
弁財天社横のケヤキは木肌に斑紋が浮き出ている古木。

所在地:川口市安行(Mapion地図)

288−2-2_H230613弁財天.jpg281_2H23521_066弁財天横のケヤキ.jpg
↑木肌の斑紋が珍しいケヤキ
↑弁財天社の祠は森の中にひっそりとある。

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(22)埼玉県花と緑の振興センター

昭和28年に埼玉県植物見本園として開園し、平成15年に現在のセンターに変更されました。
ツツジ、ツバキ、カエデなどの植木類・観賞用樹木類など600種2000品種の植物を4600本展示しています。梅の木は136種246本あり、1月中旬〜3月上旬が見ごろです。
センターの役割としては、主に生産者への病害虫防除、生産、緑化、造園などの研修・指導などを行っていますが、気軽に散策もできます。

所在地:川口市安行1015
ホームページはこちら
入場無料。年末年始休園。駐車場20台分

291_2H23521_055花と緑の振興センター.jpg

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(23)安行氷川神社

安行八景(注2)の一つ。創建時期は不詳。参道入口に立つ、一対の石造りの幡竿立ては貴重な遺構です。
参道脇にあるしめ縄をかけた石碑には、安行の植木業者の名前が多数あり、江戸時代から盛んだった安行の植木の源が忍ばれます。
神社裏の安行氷川公園にあるクスノキは川口市保存樹木。

所在地:川口市安行1059(Mapion地図)

303_2H23523_054安行氷川神社.jpg 304_2H23523_055安行氷川神社.jpg

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(24)猿貝貝塚

安行氷川神社の脇の道を神社裏の広場に沿って北に向かって数分歩き、ブロック塀が途切れた地点の左手に森に入る小径があり、その小径を約50m入った辺りから、左側斜面に貝殻を多数見ることができます。
この貝塚は縄文時代後・晩期の遺跡で、外環自動車道の建設に伴い発掘調査が行われました。
隣接する猿貝北遺跡では昭和56年の発掘調査で、平安時代の製鉄炉6基、奈良時代後半のものと思われる住居跡2軒など多数の遺跡・出土品が発掘されています。

所在地:川口市安行(Mapion地図)

321_2H23523_068猿貝貝塚へ至る北側通路.jpg 319_2H23523_066猿貝貝塚.jpg
↑貝塚へ至る森の入り口。↑貝塚の中の散策路。
315_2H23523_062猿貝貝塚.jpg←地表には遺物の貝殻が多数残されている。

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(25)日枝神社

赤山山王権現社ともいう。赤山領主で江戸時代初期の関東郡代、伊奈氏第5代忠常(1649-1680)が、氏神として武家の守護神の八幡社、学問の神である天神社、徳川家に縁の深い山王社を創建し、それぞれ鳥居を構え別棟として建立されました。
しかし、陣屋廃絶後は荒廃し、明治になってこの山王社に合祀されました。
今に残る築山は、空堀掘削時の廃土を盛って築かれたのではといわれます。

所在地:川口市赤山218(Mapion地図)

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↑参道の鳥居↑拝殿↑拝殿後ろの本殿

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(26)赤山城址(赤山陣屋跡)

江戸時代初期に伊奈氏(注5参照)の第3代関東郡代伊奈忠治(ただはる)が、武蔵国東南部の河川改修、用水路開削、新田開発などのため陣屋をそれまでの小室陣屋(現北足立郡伊奈町)からこの地に移しました。

赤山陣屋は、低地に囲まれた台地に本丸、二の丸、出丸、曲輪(家臣の屋敷地)などを築き、周囲の低地を外堀として、全体で77ヘクタールと、日比谷公園の約4.7倍の面積がありました。

伊奈氏は忠治より10代163年間にわたり関東郡代を世襲し、この地域の開発に多くの業績を残しています。
しかし、寛政4年(1792)第11代将軍家斉の時に、伊奈家内紛のため第12代郡代職の忠尊(ただたか)が家事不行届として改易され、郡代職の世襲は終焉しました。陣屋のその後は荒れるがままとなり、跡地は林と化してしまいました。

外環自動車道の建設に伴う発掘調査によって、市は空堀などを復元し、赤山陣屋跡を保存中。周辺は、散策できるよう整備されています。

所在地:川口市赤山(Mapion地図)

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↑赤山城跡の石碑↑南堀跡
353_2H23523_015赤山陣屋の西堀.jpg
↑西堀跡
赤山陣屋跡略図(北=上).png

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(27)木道

赤山陣屋跡の、東京外環道路そばの北堀側から西堀に至る小径は、一部が自然低地の中にあるため木道が整備されています。
木道西側の竹林の中の水神の祠(ほこら)には、伊奈家の姫と龍にまつわる龍神伝説(注4参照)が残されています。

所在地:川口市赤山新田(Mapion地図

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↑東京外環道路沿いの北堀側の木道入り口。
写真上部右側に竹林が広がる。
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↑木道の途中。
写真上部の先に西堀跡と二の丸跡がある。
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↑龍神伝説が残る水神の祠

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(28)持宝院

安行八景(注2)の一つに挙げられ、外環自動車道を挟んで赤山陣屋跡の北に位置します。
室町幕府が滅亡した天正元年(1573)の創建で慈林寺宝厳院((15)参照)の末寺。本尊は不動明王。
寺の入り口に「俳句の寺」とあり、正岡子規直門だった“安行の三俳人”と呼ばれた中山家の三人の兄弟の句碑を奉ります。句碑は山門を入った右側。萩を詠んだ、三人の句が刻まれています。

所在地:川口市安行805(Mapion地図

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↑寺院山門
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↑本堂
   
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↑山門内の右脇にある句碑。
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↑本堂前の菩提樹の古木。

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(29)西福寺

平安時代初期の弘仁年間(810-824)に弘法大師によって創建されたと伝えられ、本尊は阿弥陀如来。
三代将軍家光公の長女千代姫が奉建した三重塔と観音堂があります。
三重塔は元禄6年(1693)に創建され、高さ約23mで鉄製の釘をまったく使用せず、組細工によって立てられており、埼玉県下ではもっとも高い木造建築物として埼玉県有形文化財に指定されています。初層には方角に合わせて十二支の彫刻を施した蟇股(かえるまた=装飾彫り物)が取り付けられています。

また観音堂は、建立年代は不明なものの、元禄3年(1690)に再興されました。
本尊の如意輪観音の胎内に西国三十三ヵ所、坂東三十三ヵ所、秩父三十四ヵ所の計百ヵ所の観音像を収めており、この堂を参詣することで百ヵ所を参詣したと同じご利益を得られる百観音とも呼ばれています。この如意輪観音像と像内納入物は川口市指定文化財です。

所在地:川口市西立野420(Mapion地図

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↑中央奥は観音堂。
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↑三重塔
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↑三重塔の各層の軒先に吊るされている風鐸。
風で趣のある音色を奏でる。


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(30)伝右川桜並木

伝右川は川口市と草加市の境を流れる用排水路で、綾瀬川右岸の新田開発のために、江戸時代初期の寛永5年(1628)に鈎上(かぎあげ)新田(現岩槻市)の伝右衛門が沼地跡や低地を開削したもの。
桜並木は、安行出羽公園(安行出羽4-13)そばの伝右公園橋を中心として東西約500メートルの川沿いに植えられています。若い木の安行サクラ早咲きで3月中頃、続いてソメイヨシノが満開となります。

所在地:川口市安行出羽3〜安行出羽4にかけた伝右川沿い(Mapion地図

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↑ソメイヨシノの並木


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注1 ふるさとの森
川口市に次の8ヶ所ある。赤堀用水斜面林ふるさとの森((3)参照)、興禅院ふるさとの森((19)参照)、長徳寺ふるさとの森、東内野ふるさとの森、源左衛門新田ふるさとの森、神戸ふるさとの森、木曽呂斜面林ふるさとの森、金崎斜面林ふるさとの森

注2 安行八景
安行氷川神社、蜜蔵院と久保山、興禅院、持宝院、慈林薬師(宝厳院)、蛇造り、平岡坂のケヤキ並木、金剛寺。参考webページは http://www.ukima.info/meisho/kawaguti/angyo8ke/angyo8ke.htm

注3 別当(または別当寺)
神社境内に建てられ、神社の経営管理などを行う別当職が住む神宮寺の一種。

注4 龍神の伝説
ある春の日、伊奈のお姫様が陣屋裏手の沼でひとり舟遊びをしていると、突然空が真黒な雲に覆われて、大きな雷鳴とともに稲妻がお姫様の上に落ちました。その瞬間、大きな龍が沼から大空に向かって一直線に舞い上がっていきました。その光景をみたお殿様は家来にお姫様を探させましたが、見つけることはできませんでした。それから何日かたった頃、沼のほとりの竹やぶの中で、美しい白蛇が見られるようになったそうです。村人たちは、その白蛇をお姫様の化身と考え、竹やぶの中に祠を建ててお姫様の霊を祀り、水神様としました。

注5 伊奈氏 
伊奈氏は、清和源氏の流れをくむ藤原氏の支流で、戸賀崎氏から荒川氏と姓を変え、室町時代後期、第9代将軍足利義尚(よしひさ)のときに、第7代荒川四郎易氏が信濃国伊那群の一部を与えられ、第9代金太郎易次のときに伊那氏を称しました。
江戸時代には旗本として関東郡代を世襲して勤めましたが、本文中に記載したとおり、第12代郡代伊那忠尊のときに改易されて郡代世襲は終わり、伊那氏の名跡は同族の忠盈(ただみつ)が相続しました。菩提寺は赤山の首都高速川口線新井宿出口近くの源長寺です。
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